東都を出てから早数時間。
 着いた場所は湯治と絶景が売りの温泉街で、いかにもな雰囲気の街並みも見える。
 だが避暑地というだけあって、山の方から吹いてくる風は心地いい涼しさだ。

「先にホテルにチェックインしておこうか」

 工藤の親父さんに連れられてホテルのロビーへ向かうと、背の高い外国人観光客がこちらにやってきた。
 どうやらこの人が工藤の親父さんの友人らしく、二人仲良く流暢なフランス語で会話をしている。
 その流れで互いに紹介されたのだが、彼は日本文化が好きで、しょっちゅう日本に旅行に来ているという、フランス出身のアルフォンスさん。
 フレンドリーでニコニコとよく笑う人だし、一先ず悪い人ではなさそうに見える。
 親父さんはこのままアルフォンスさんと行動するけれど、何かあったらすぐ連絡をするようにと工藤に言いつつ、俺たちの部屋のルームキーを渡した。
 俺たちも一旦荷物を置いていこうという話になり、エレベーターを使って五階へと向かう。

「おー、いい部屋やんけ」
「へえ、ずいぶん見晴らしも良いな」

 服部と工藤が仲良く関心しているとおり、かなり良い部屋を用意してもらえたらしい。
 四人分のベッドルームの他にはリビングルームもあり、大きな窓から見える景色は圧巻だ。
 ウォークインクローゼットにマッサージチェアまで付いていて、シャワールームとトイレもちゃんと別になっている。
 リビングの窓から見える街並みは、温泉のものであろう湯気が所々から出ているし、まだ日が高いからか観光客の姿も多い。

「湯けむり殺人事件ってとこか」
「いや、血塗られた展望台かもしれんで」
「老舗旅館に秘められた黒い素顔はどうでしょう」
「二時間ドラマかよ」

 思わずツッコミを入れてしまったが、探偵ってやつは、どうしてこうも事件にしたがるんだ。
 ……存在自体が事件の俺が、言えた事じゃねーけどさ。
 若干呆れつつも、ロビーにあった観光案内のパンフレットを眺める。
 この辺りには温泉以外に、バーベキューができる大きな湖、森林浴が人気の遊歩道、馬や牛を始めとした動物がたくさんの牧場、周囲の景色を一望できる観光展望台などがあるようだ。

「なー、どっか行くとか決まってんの?」
「いや、現地に着いてから、みんなの希望を聞くつもりだったから」

 てことは、現状ではノープランか。
 こういう事には一分一秒も無駄にせず、きっちりとスケジュールを詰め込んでいそうなイメージの白馬だが、珍しい事もあるもんだ。

「とりあえず、今夜の夕食はホテルに頼んであるから、今から遠くへは行けないかな」
「ほんなら、今日はこの辺りを適当にブラついて、明日またどっか行こうや」
「そうだな。黒羽はどっか行きたいとこあるのか?」

 ……なんというか、こんなにもフレンドリーな探偵たちが逆に怖い。
 いつもは追いかけられては、おっかないボール飛ばしてこられたり、木刀で斬りかけられたり……いや、殴りかけられたり、の方が正しいのか?
 まあ、俺の場合は自業自得みたいなもんだから、あんまり文句は言えねーよな。

「んー……牧場が気になる」
「お、なんや黒羽、動物好きなんか?」
「ああ、むっちゃ癒されたい。それに、牧場って美味しいアイス売ってそうだし……あと、白馬に乗る白馬っていうダジャレ写真が撮れるかもしれねーし」

 冗談でしょうもない事を言ってみたら、意外とウケたのか、工藤と服部が吹きだしていた。
 当の白馬はと言うと、何故か満更でもない表情になっている……なんか、意味もなく腹立つ。
 結局、今日は夕方ごろまでホテルの傍の街並みを散策する事になったのだが……こちらもまあ、予想通りな感じになってしまった。
 温泉街の古い街並みは観光客で賑わってはいたのだが、さっきのパーキングエリア同様の黄色い声がそこかしこから上がっている。
 まるで旅行番組の撮影に来たアイドルだよなあ、と苦笑いしながら、巻き込まれないように少し下がって付いていってたんだが……。

「黒羽君」

 俺が少し離れた所に居るのに気付いた白馬が、数歩分戻って来て俺の右手首を掴んだ。

「なんだよ」
「君が迷子になっていたのかと思って」
「なるか! ちっこい子どもじゃねーんだぞ!!」

 人をガキ扱いする白馬にイラっとしたが、あまり騒いで余計に目立つのもな、と思いそれ以上は言わない事にする。
 しかし何故か、白馬は俺の手を掴んだまま離さない。

「……いや、離せよ」
「でも、君が迷子に……」
「ならねーっての。もしはぐれても、一人でホテルに帰れるから」
「一人になる時点で危ないよ。この辺りは人も多いし」

 ……なんでこいつは、俺の事をそんなに心配してるんだ。
 こちとら予告の度に、ビルの屋上から飛び降りたり組織やその他に銃撃されたりしてんだぞ。
 俺の事をキッドだと疑うわりに、たいした事のないただの人混みで心配するなんて、白馬の感覚はよく分からん。

「て言うかこの掴まれ方、痛てーんだけど」
「あっ……す、すまない」

 俺がそう言った事で、ようやく白馬は手を離した。
 しかし何故か不安そうに、俺の事をじっと見ている……なんなんだよ、本当に。

「……じゃあ、こうしときゃいいだろ」

 俺は妥協案として、白馬の鞄の紐を手に取った。
 これならそこまで離れる事は無いだろうし、さっきのようなやり取りもいちいちしなくていい……しかし、俺が別の意味で懸念していた事は、しっかり起きてしまう。
 数歩先で待っていた東西探偵も一緒に四人で街並みを歩いていると、黄色い声に混ざって聞こえてくる「もう一人の子は誰?」の声。
 やっぱり俺だけ場違い感があって、居たたまれないんだけど。
 俺はお前らと違って繊細なんだぞ、ちくしょう。