02


 突然、転落しそうになっていた黒羽君を見た時は、文字通り心臓が止まるかと思った。
 彼の腕を間一髪で掴み、自身の方へと抱き寄せる事ができたのは、本当に紙一重という状況だったのだ。
 あの時の自分を、ものすごく褒めてやりたい。
 しかし、へたり込んだ黒羽君の顔色は悪く、表情にも困惑の色が残っている……いつものポーカーフェイスが保てないくらいに、動揺しているようだ。
 本人は大丈夫と言っていたが、さすがに大丈夫ではないだろうと思い、彼を支えながら山道を歩いた。
 あの黒羽君が大人しく僕に寄り掛かっているのだから、本当に弱っているのだろう。

 頂上に到着し、水分補給も兼ねてしばらく休んでいると、黒羽君の顔色も良くなってきた。
 やはり工藤君の推測通り、軽い脱水症状だったのかもしれない。
 だが、具合の悪い人を連れまわすのもどうかと思い、このままモノレールで下まで降りて、ホテルに戻った方がいいのではと提案したのだが……。
 黒羽君本人がもう大丈夫と言った事と、動物たちに癒されないとやってられないという強い希望もあったので、無理しない程度にするという条件の下、牧場へと向かう。
 牧場への道のりはそう遠くなく、起伏も少ない緩やかなものだった事は幸いだった。



「……はぁ……かわいい……!!」

 牧場に着くなり、黒羽君は目に入ってきたふれあい動物園に釘付けになっていた。
 そこにはウサギやミニブタ、アヒルなどの動物たちが、それぞれのエリアでのんびりと過ごしている。
 係の人に料金を払って中に入れば、人慣れしている様子の動物たちはすぐに僕たちの方へとやってきた。
 特に黒羽君は接し方が分かっているからなのか、ウサギたちにモテモテだ。

「あはは、皆かわいいなー」

 可愛いのは君なんだが。
 モフモフとしたウサギたちまみれになった事で、アニマルセラピーの効果があったのだろうか、黒羽君は幸せそうに笑っている。
 向こうのエリアでは、何故かアヒルたちに追い掛け回されている服部君を見て、工藤君が大爆笑していた。
 そして僕はミニブタたちに足元を突かれつつも、しっかり皆の記念撮影をする。
 小動物たちに癒されながらも、遊んだり遊ばれたりおやつをあげたりして楽しんだ後は、馬や牛が放牧されている野外エリアへと向かった。

「白馬はもちろんあの白いやつやろ?」
「じゃあ俺は黒い方にするか」

 服部君に促されて白い毛並みの馬を選び、工藤君はもう一頭の黒い毛並みの馬を選ぶ。
 柵の外では服部君と黒羽君がスマホを構えていたから、僕たちの写真を撮ってくれるようだ。
 最初は馬たちとゆっくり歩いただけだが、慣れてきてからはコースを駆けたり小さな段差をジャンプしたりと、爽快感のある乗馬を楽しむ事ができた。

「腹立つほど絵になるやつらやなあ」
「ダジャレ写真なのにダジャレ要素が無い……」

 僕と工藤君の乗馬の様子はいい写真が多かったのだが、笑いの要素を求めていた黒羽君と服部君には少々不満だったようだ。
 その後、ハート模様のある牛と記念撮影をしたり、ヒツジやアルパカの毛並みに埋もれたりしているうちに、時刻は正午を回ってしまった。
 動物たちに癒しを貰った僕たちは、次は腹ごなしへと食堂へ向かう。
 牧場自慢のチーズやミルクを使った料理が売りのようで、チーズたっぷりのマルゲリータピザにチーズフォンデュをシェアして美味しく食べ、食後には黒羽君ご希望のミルクアイスも忘れない。
 心にも体にも栄養補給をして、すっかり元気を取り戻した黒羽君を見て安心する。
 ミステリアスな白い姿もいいけれど、やっぱり黒羽君は元気に笑っている姿が一番だ。

 牧場を出た後は、腹ごなしも兼ねて高山植物を楽しめる遊歩道を歩いて行く。
 爽やかな風に吹かれながら、自然豊かな高原の景色を見渡すのは気持ちがよく、まさに避暑地に最適な場所と言っていいだろう。
 もしも一人で旅行に来ていたとしても、それはそれで楽しめるとは思うけれど……やっぱり、皆で来てよかったとしみじみ思った。
 そんな事を考えていたら、黒羽君と服部君が大きな岩によじ登っている。
 また危ない事をして、と呆れながらも、彼にいつもの子どもっぽさが戻ってきた事に安堵する反面、すぐに無茶をする事を後で叱ってやらないとな、と思いながら岩場へと向かった。