結局いい案が思いつかなかった俺は、古典的だが狸寝入りを決め込む事にした。
 緊急事態でもないのに、眠っている相手を無理矢理に起こす事は無いだろう。多分。
 高校生の就寝時間としてはだいぶ早めだったが、色々あって疲れたのだと探偵なら察してくれと思いながら、インナーと浴衣で体をしっかりガードしてからベッドに潜り込む。
 そのまま上質な寝具の肌触りを堪能していたら三人が帰ってきた。
 ベッドに転がっている俺に気付いた白馬が声をかけてきたが、「寝てるから聞こえなーい」という体でスルーしていたら、案外あっさり諦めてリビングルームの方へ戻っていく。

「なんや、黒羽は寝てもーたんか」
「ええ、声をかけても反応がありませんでしたから。きっと疲れていたんでしょう」
「そうか。……白馬、進捗はどうだ?」

 リビングルームとベッドルームの間に仕切りが無い造りの部屋な事もあって、俺の方にも探偵たちの声がよく聞こえてくる。
 というか、工藤の言葉がむっちゃ気になるんだが、進捗ってなんのだ。
 白馬のやつ、事前に俺を捕まえる作戦でも立ててたのか? それを工藤と服部にも共有してたとか……。

「進捗……ダメです」
「なんや、あんだけ黒羽と仲ようしたい言うとったんに」
「そうなんですが……何故か僕は、黒羽君を怒らせてしまうようで」
「ああ、なんかオメー、黒羽の事を子ども扱いしたり、リス扱いしたりしてたな。それが悪いんじゃねーのか?」
「せやな、黒羽からしたら、同い年なのにガキ扱いは面白ないと思うで? リスに関しては論外やな」

 ……ん? なんか……あれ? 俺を捕まえるんじゃねーの?

「黒羽君は、歳のわりに子どもっぽい所が多いので、つい心配になってしまうんです。危ない事や無茶な事も頻繁にしますし……」
「今日見てた感じだと、そこまでには見えなかったけどな」
「僕が無理に誘った事と、この面子だと事件が起こりそうだと心配していましたから、普段より警戒していた可能性はありますね」
「その点に関しては、不本意やが否定も出来ひんな」

 いやそこは出来れば否定してほしい。無理っぽいのも分かってるけど。
 一応は楽しい旅行先のはずなのに、殺人現場のご遺体とご対面とかが起きそうで怖いんだ、本当にマジで勘弁してくれ。
 ……いやでも、それは一旦置いておくとして。肝心の進捗の話がいまいち見えてこねーな?
 もしやさっき服部が言ってた、俺と仲良くしたいってのが白馬の目的……いやいや、まさかな。

「本音を言うと、工藤君と服部君が羨ましく思えてしまいました」
「は? なんでだ?」
「車内やレストランで、黒羽君と食べ物のやり取りをしていたので……僕もああいう事がしてみたくて」
「せやったら、黒羽の苦手な刺身を貰ってやりゃあ良かったんちゃう?」
「そう思ったのですが……先にテーブルマナーの方が気になってしまって……」
「難儀なやっちゃなあ」

 本当にな。
 なにもドレスコードの必要なレストランじゃないんだし、他の利用客も自由にしてたんだから、いちいち気にする必要も無いだろうに。

「まあ、黒羽は白馬より、服部の方が気が合いそうなタイプではあるよな」
「確かに、騒がしいという意味ではそうかもしれませんが」
「おいコラどういう意味や。せっかく自分と黒羽を親友にしたるってお膳立てしとるに。手伝ってやらへんで?」

 な ん で !?
 いや本当になんで!? 白馬が!? 俺と!? 親友!? best friend!?
 いやいやありえないだろ!! 俺たち二人の関係を表すのに、一番当てはまらないやつじゃん!!

「あ、いや、申し訳ない。でも……確かに僕なんかより、服部君の方が黒羽君と相性が良さそうで……」
「おいおい、今度はなに自信なくしとんねん」
「……白馬はさ、黒羽とどういう仲になりたいんだ?」
「? 工藤君、どういう、とは」
「親しい友人ってのは大前提としても、具体的にどういう関係になりたいってのはあるだろ?」

 工藤からの問いに、白馬の返事がすぐに出ない。
 おそらく考え込んでいるんだろうが……俺としても気になるところだ。
 白馬は俺をどうしたいというのか。俺の正体を知っていながら、家に踏み込んだり学校に警察を呼ばない、その理由は。

「……僕は、黒羽君に頼ってほしいのかもしれません」
「頼る?」
「ええ。彼はたいていの事は、自分で出来てしまいます。父親とは死別し母親が不在がちな事もあって、なにかあっても人を頼る事はほとんど無いらしく……だから辛い時や苦しい時も、一人で抱え込んでいるのだろうと……」

 なんだよそれ。そんなの、お前には関係ねーじゃん。
 むしろこっちは、ほっといて欲しいんだよ。こっちに来ないでくれよ、お前に心配されるほど俺はヤワじゃねーんだよ。

「なんちゅーか……どっちも難儀なやつらやなぁ」
「そうだな、いっそ全人類が服部になっちまえば、ものすごく平和な世の中になるんだろうな」
「……工藤、それ褒めとるんか?」
「褒めてる褒めてる」

 全人類が服部。世界中が大阪一色になりそうだな。
 主食はたこ焼きとお好み焼きで、現代人の大半がお笑い気質で、トラ柄の服のおばちゃんが何万人と闊歩する文明になるのか。

「まー、ともかくや。白馬はまず、黒羽をガキ扱いするのをやめーや。本人も怒っとったやろ」
「それから、対等な立場で仲を深めるべきだな。俺や服部は同じ探偵だからいいけど、黒羽はそうじゃねーんだから、探偵目線で話したり行動するのもよくねーぞ」
「……人と親しくなるのは、そんなにも難易度の高い事なんですね」
「なんでやねん」
「オメー、本当に友達いなかったんだな……」

 呆れ気味な口調の工藤に、俺もこっそり同意する。
 白馬のやつ、絶対に親父さんとばあやさんとワトソンくらいしか、親身に話せる相手がいなかっただろ。

「そんなら、明日は黒羽の行きたがっとった牧場に行こうや。動物に間に入ってもらやあ、多少は話しやすくなるやろ」
「ついでに白い毛並みの馬に乗って、ダジャレ写真も撮らせてやったらどうだ?」

 工藤の一言に、服部がまた吹きだしていた。
 自分で言っておいてなんだが、白馬が白馬になんて、そこまで笑えるほどだったか?

「写真は撮れるか分かりませんが……そうですね、頑張ります」
「おう、けっぱれや」
「嫌われるような事はするんじゃねーぞ」

 まだ信じきれないが、どうやら俺は東西探偵のサポート付きで、白馬と仲を深めさせられるようだ。
 果てしなくめんどくさいし、いっそ具合が悪くなったフリをするか。
 いやでも、可愛い動物たちに会って癒されでもしないと、俺の精神的ライフゲージはマイナスになったまま浮上しそうもない。
 と言うか白馬は、工藤と服部に俺がキッドだという事は話してないのか?
 もしかして本当に捕まえる気はなく、本当に本当に仲良くなりたいだけなのか?
 いやそれは無いだろ。怪盗と探偵だって分かってるくせに、何のために仲良くする必要があるんだよ。
 ……もしかして、それか?
 気を許して油断したところで、手錠をはめて連行するっていう気の長い作戦なのか。
 純粋な好意よりも、そっちの方が納得できる。絆されたところで裏切られるなんて、なんて可哀想な俺。

 自分で自分に同情しながらも、探偵たちの話に耳をすませたら、話題は先日の事件の内容に変わっていた。
 もうこれ以上は俺の話はしないだろうと思い、改めて目を閉じていたら本当に眠くなってくる。
 少しばかりの憂鬱を胸に抱えたまま、意識が落ちていく感覚に身を任せていたら、なんとなく温かいものが俺に触れた気がした。