03


 ここに来て、まさかの大誤算だ。
 俺は白馬から、山の方のホテルに泊まるとだけ聞いてたから、入浴も部屋のシャワーで済ますつもりだった。
 なのですっかり頭から抜け落ちていたのだ……大浴場の存在が。
 先に行き先が温泉街であると聞いていれば、全身の傷跡を隠す処理をしてきたのだが……。
 避暑地としか聞いてなかったうえに、季節が夏だから蒸れるのが嫌で、顔や腕などの確実に露出する所だけを隠してきたのだ。
 つまり、あの三探偵と一緒に風呂に入ったりしたら、体に残っている傷の事を確実に聞かれる。あるいは、勝手に推理される……そっちの方が可能性が高くてイヤだな。
 なので、俺はでかい風呂に入ると湯あたりして倒れる、という理由を無理やり作って、なんとか大浴場をスルーしたというわけだ。
 三人を見送った後、変に愚図ついて結局バレるなんてヘマをしないように、さっさと部屋の風呂に入ってしまう。
 着替えの時は、インナーを死守してガードするしかないだろう。濃いめの色のものを持ってきておいてよかった。

 ……しかし、さすがにちょっと疲れてきた。
 あの三人に、いつ何を聞かれるか何をされるかと、気が気でなかったのだ。
 言葉や行動に裏が無いかを注意深く観察しつつ、それを悟られないようにポーカーフェイスを張り付ける。
 探偵たちの高度な会話も分からない振りをして誤魔化しつつ、一般的な高校生を演じていたのだが、相手が相手なだけに余計にしんどい。
 学校のみんなだったら俺が多少変な事をしても、だいたい「いつもの事」と言って笑って済ませてくれるんだけどな。

 風呂上がりで綺麗になった体をベッドの上に転がして、カーテンを閉め忘れたままの窓の向こうを眺めた。
 外は完全に夜の闇に染まっており、山の輪郭だけが黒く塗りつぶされているその手前に、街の灯りがポツポツと浮かんでいる。
 これだけ自然が豊かな所なら、夜はとても静かなんだろうなと以前は思っていたけれど……田舎の夜を舐めてはいけない。
 確かに人工的な音は少ないけれど、代わりに自然の音が多いのだ。
 山の方から吹く強い風は窓を揺らし、水辺にいるであろうカエルや夏から秋にかけて現れる虫たちの鳴き声は、止む事を知らないかのようだ。
 大きな音が立てば周りに反響するし、大声も丸聞こえになりやすく、クーラーなどの家電の音が余計に雑音に感じるというのもあるな。
 まあ、自然の音は不快には感じないものだから、こっちに慣れてしまえば、逆に都会の喧騒に戻れないかもしれないが。
 流石に外から部屋が丸見えだろうし、実物とは初対面のでかい虫たちが窓に何匹もくっついてきたので、そっとカーテンを閉めた。

 そろそろ、あいつらも大浴場から戻ってくる頃だろうな。
 最初はキッド関連の事で何か聞かれたら、どうやって誤魔化そうかとばかり考えていたが……よく考えたら、白馬だけでなく工藤も居るんだから、簡単に特定される可能性の方が高い。
 なにせ、小さな名探偵の時から何度も接触したし、何度も邪魔されたし、何度も助けられた。
 それにキッドの時を含めるなら、服部とも初対面というわけではないし、物理的にだいぶ接近された記憶もある。
 そんな三人に今の俺が包囲されたら、ついに怪盗人生終了だろうか……いや、今回は捕まらなかったとしても、バレたら確実に家や学校に突撃されるだろう。
 もしそうなったら、さすがに俺も逃げ場が無くなるし、警察に家宅捜索もされるだろう……怪盗どころか人生そのものが終了コース一直線だ。
 終了するならせめて、パンドラを見つけてからにしてほしいんだが。ついでのあの組織の連中も捕まっちまえば、言う事なしなんだが。
 
 ……でも、青子や中森警部には、そうとう恨まれるだろうな。
 クラスの皆や近所の人たちにも軽蔑されるだろうし。
 母さんは……あの人の事だから、上手く海外に逃げてしまいそうだ。それなら寺井ちゃんも一緒に連れて行ってくれるといいんだけど。
 うちの鳩やウサギたちは、動物の保護施設に入れてもらえるだろうか。
 あの名探偵たちは……俺の動機と親父の死の真相を解いてしまうんだろうか。

 ダメだなあ、やっぱり考えすぎて、使いすぎたせいで頭が疲れてるんだ。
 自分が死んだ後の事ばっかり考えちまう。