《白馬視点》
『そういう意味ではなく』
じゃあどういう意味なのかと問われれば、口を押さえるしかなかった。
黒羽君は突然何を思ったのか、自分を食べても不味いなどと、何故か僕に向かって言う。
しかし、それを聞いた僕は、むしろ美味しそうだなんて思ってしまったのだ。
僕よりも一回りほど小柄な彼は、ふわふわの癖毛と丸っこい瞳が可愛らしく、同じ年なのに年下のように感じてしまう。
何を思って自身を不味いなどと判断したかは分からないが、無垢な少年そのものを感じさせる彼の容姿は、人肉を食す種族からすれば極上のご馳走ではないだろうか。
もちろん僕は、人の肉を食べたいだなんて思うはずもないから、食事という意味で美味しそうと言ったわけではない。
……なんというか、舐めたらきっと甘いのだろうと、そう思っただけで。そこで我に返っただけで。
僕は黒羽君と、親しくなれればと思っていた。
もちろん大切な友人としてだが、考えれば考えるほど、僕の望む事は友人同士で行う事なのかと疑問になっていく。
例えば、お茶をしながらお喋りをするとか、一緒に課題をやるとかなら、友人と言えるだろう。
でも、絡ませるように手を繋いだり肩を寄せ合ったり、ましてや口付けなんて、日本では友人同士でやる事ではないだろう。
海外の生活も長い僕としては、ある程度のスキンシップは許容範囲ではあるけれど、日本生まれ日本育ちの黒羽君にとっての境界線が、どの程度なのかが掴めないのだ。
その為、何をどこまで言っていいのかが分からず、黒羽君に何か言いかけては止めるという、モヤモヤするだろう態度をとってしまった。
黒羽君の方も、僕の煮え切らない態度に呆れたのか、何も言わずに流れる外の景色を見ていたのだが……。
「……く、黒羽君?」
車が曲がった時の遠心力の影響で、黒羽君の体が僕の方に寄り掛かった。
どうやら知らない間に眠ってしまったようで、僕の肩を枕にして小さな寝息を立てている。
そういえば、アルフォンスさんと別れた後に、もう一度何もなかったかと聞いたのだが、抱き枕にされたと言っていたな。
もしかしたらそのせいで眠りが浅く、きちんと休めなかったのかもしれない。
しかし……黒羽君本人を抱き枕に……抱き枕……。
「白馬ー、寝込みを襲ったらあかんでー?」
「なっ!? 何を言っているんだい!?」
「いや、オメー、すげえ物欲しそうな顔してたぜ?」
前の席にいる服部君と工藤君が、何故か意地悪そうな笑顔でそう言ってきた。
寝込みを襲う、なんて……黒羽君相手に、そんな卑怯な事はしたくない。
僕にとっての黒羽君は思考を狂わせてくる謎そのもので、必ず僕が捕まえると決めた相手で、危なっかしい事ばかりするから心配になるだけで、怪我ばかりするから体の事が気がかりで、泣いていたり傷ついていたらどうしようかと、放っておくなんて出来なくて……。
「……ん……ぅ…………」
もぞ、と黒羽君が小さく動いたと同時に、僕の手と彼の手が触れあった。
一瞬心臓が跳ねたが、彼のしなやかな指は触れるだけで心地よく……僕よりも少しだけ低い体温を感じると、何より安心した。
窓の向こうの景色が都会になってきた事に気付くと、黒羽君の家には今は誰も居なかったはずだと思い出す。
「あの、工藤さん。黒羽君は僕の家で降ろしてもらえますか?」
「は、白馬!? 自分、黒羽をお持ち帰りする気か!?」
「服部君、何を言っているんだい? 黒羽君は食品じゃないよ?」
「いや、そういうテイクアウト的な意味では……意味なのか?」
「工藤君まで……どうしたんだい?」
困惑する二人を不思議に思いながらも、せっかくなんだから、黒羽君ともう少し一緒に居たいと思った。
もし叶うなら、君の境界線を教えてほしい、とも。