荷物をまとめて、忘れ物が無いかを確認した後、俺たちはロビーの待合室へと向かった。
三日なんてあっという間だったなと思いながらも、最後の最後で事件の悲鳴が上がりませんようにと、そっと祈る。
だがこの面子で旅行だというのに、警察沙汰になる事件が起きなかったのは、奇跡中の奇跡だな。
……いや、警察沙汰ではなかったけど、俺だけ事件と言うか怪奇現象が起きてたな!?
結局あれがなんだったのかは分からないけれど、なんか分からないままの方がいい気もした。
……思い出したら、またなんか寒気がしてきたような……まさかまた見られてんじゃないだろうな……?
「黒羽君、これを」
ふわり、と薄い布の感触がする。
白馬が夏物の上着を、俺の肩にかけたのだ。
「これ……」
「なんだか寒そうにしていたから。少しクーラーが効き過ぎているのかもしれないね」
いつもなら、子ども扱いするなと悪態をついてしまうところだけど……でも、この温かさは正直ありがたいと思った。
一日目の夜に言っていた、俺と親友になりたいなんて話が、本当に本当なんじゃないかと思っちまうじゃねーか。
……本来なら、礼の一つでも言うべきなんだろうけど、何故か白馬には意地を張ってしまう。
今までの俺たちの関係からして、俺が白馬を警戒するのは妥当なんだけど……。
そんな事を考えていたら、近くに居た大学生のグループの会話が耳に入ってきた。
「やっぱあの山の話、ただの噂だったんかな」
「地形的に遭難しやすい所っぽいし、昔の人がそういう話を作って、近づかせないようにしてたってやつかもな」
「不帰の山、なんていかにも曰くつきっぽいしな。不思議な力を使って人を攫って住処に連れていくって言うヌシも、なんかの大きい動物がそう思われてたってだけとか?」
「ミステリー研究会の夏合宿、今回はハズレかー」
「ま、空ぶる時もあるって。ただの旅行と思えば楽しかったしさ」
「そーだな。冬の合宿に期待しようぜ」
……は? なんだそれ、初耳なんだが。
それじゃあ、俺の身に起こったアレは、そのヌシってのの仕業で、俺を住処に連れて行こうとしてたって事かよ!?
一体、何のために……やっぱ喰われるとか、そんな感じ!?
俺なんて喰っても美味くねーぞ!? 傷だらけだし加工皮膚だらけだし、むしろ不味いぞ!!
「黒羽君? どうかしたのかい?」
「お、俺なんて喰っても不味いぞ!!」
「えっ?」
しまった。
動揺し過ぎてつい、思っていた事を白馬に向かって言ってしまった。
急に何を言いだしたんだと思われても仕方ない。現に工藤と服部も、キョトンとしてるし。
「……僕には、とても美味しそうに見えますが?」
「へっ?」
いや、なに普通に返事してんだよ!?
そこは何言ってんだとツッコむところだろ!? というか美味しそうってどういう意味だよ!?
「食べてもいいんですか?」
「お……お前、まさか人肉を食う気か……?」
「え? いえ、そういう意味ではなく……」
じゃあどういう意味なんだ、と思いながら白馬を見ていたら、急に赤くなって顔を隠してしまった。
「……おーい、白馬。どないしたー?」
ニヤニヤしつつも服部が声をかけたが、白馬は微動だにしない。
服部の横の工藤も意味ありげな笑顔でこっちを見ているが……なんか、俺だけ意味分かんねーってのも腹立つな。
「なあ……どういう意味だよ」
「……いえ……深い、意味は……」
そう言って、白馬は黙り込んでしまった。
東西探偵の方を見ても、俺に教えてくれなさそうだし……。
ちょっと悔しい気分になって、ぐぬぬと唸っていると、絶妙なタイミングで工藤の親父さんが戻ってきた。
そのまま流れで車に荷物を詰め込み、行きと同じ席に座ってから、東都へと帰る事となる。
その道中でも、前の席の三人は色々と話していたが、白馬は俺を見ては何か言いたそうにして止める、というよく分からない事をしている。
なんだって言うんだよ、変なやつ。
その後も結局、俺たちは一言も話をせずに、ただ車に揺られているだけだった。