03


 荷物をまとめて、忘れ物が無いかを確認した後、俺たちはロビーの待合室へと向かった。
 三日なんてあっという間だったなと思いながらも、最後の最後で事件の悲鳴が上がりませんようにと、そっと祈る。
 だがこの面子で旅行だというのに、警察沙汰になる事件が起きなかったのは、奇跡中の奇跡だな。
 ……いや、警察沙汰ではなかったけど、俺だけ事件と言うか怪奇現象が起きてたな!?
 結局あれがなんだったのかは分からないけれど、なんか分からないままの方がいい気もした。
 ……思い出したら、またなんか寒気がしてきたような……まさかまた見られてんじゃないだろうな……?

「黒羽君、これを」

 ふわり、と薄い布の感触がする。
 白馬が夏物の上着を、俺の肩にかけたのだ。

「これ……」
「なんだか寒そうにしていたから。少しクーラーが効き過ぎているのかもしれないね」

 いつもなら、子ども扱いするなと悪態をついてしまうところだけど……でも、この温かさは正直ありがたいと思った。
 一日目の夜に言っていた、俺と親友になりたいなんて話が、本当に本当なんじゃないかと思っちまうじゃねーか。
 ……本来なら、礼の一つでも言うべきなんだろうけど、何故か白馬には意地を張ってしまう。
 今までの俺たちの関係からして、俺が白馬を警戒するのは妥当なんだけど……。
 そんな事を考えていたら、近くに居た大学生のグループの会話が耳に入ってきた。

「やっぱあの山の話、ただの噂だったんかな」
「地形的に遭難しやすい所っぽいし、昔の人がそういう話を作って、近づかせないようにしてたってやつかもな」
「不帰の山、なんていかにも曰くつきっぽいしな。不思議な力を使って人を攫って住処に連れていくって言うヌシも、なんかの大きい動物がそう思われてたってだけとか?」
「ミステリー研究会の夏合宿、今回はハズレかー」
「ま、空ぶる時もあるって。ただの旅行と思えば楽しかったしさ」
「そーだな。冬の合宿に期待しようぜ」

 ……は? なんだそれ、初耳なんだが。
 それじゃあ、俺の身に起こったアレは、そのヌシってのの仕業で、俺を住処に連れて行こうとしてたって事かよ!?
 一体、何のために……やっぱ喰われるとか、そんな感じ!?
 俺なんて喰っても美味くねーぞ!? 傷だらけだし加工皮膚だらけだし、むしろ不味いぞ!!

「黒羽君? どうかしたのかい?」
「お、俺なんて喰っても不味いぞ!!」
「えっ?」

 しまった。
 動揺し過ぎてつい、思っていた事を白馬に向かって言ってしまった。
 急に何を言いだしたんだと思われても仕方ない。現に工藤と服部も、キョトンとしてるし。

「……僕には、とても美味しそうに見えますが?」
「へっ?」

 いや、なに普通に返事してんだよ!?
 そこは何言ってんだとツッコむところだろ!? というか美味しそうってどういう意味だよ!?

「食べてもいいんですか?」
「お……お前、まさか人肉を食う気か……?」
「え? いえ、そういう意味ではなく……」

 じゃあどういう意味なんだ、と思いながら白馬を見ていたら、急に赤くなって顔を隠してしまった。

「……おーい、白馬。どないしたー?」

 ニヤニヤしつつも服部が声をかけたが、白馬は微動だにしない。
 服部の横の工藤も意味ありげな笑顔でこっちを見ているが……なんか、俺だけ意味分かんねーってのも腹立つな。

「なあ……どういう意味だよ」
「……いえ……深い、意味は……」

 そう言って、白馬は黙り込んでしまった。
 東西探偵の方を見ても、俺に教えてくれなさそうだし……。
 ちょっと悔しい気分になって、ぐぬぬと唸っていると、絶妙なタイミングで工藤の親父さんが戻ってきた。
 そのまま流れで車に荷物を詰め込み、行きと同じ席に座ってから、東都へと帰る事となる。
 その道中でも、前の席の三人は色々と話していたが、白馬は俺を見ては何か言いたそうにして止める、というよく分からない事をしている。
 なんだって言うんだよ、変なやつ。
 その後も結局、俺たちは一言も話をせずに、ただ車に揺られているだけだった。