今日もよく晴れた気持ちのいい日で、少し暑いくらいだ。
朝ごはんはホテルのモーニングビュッフェで、各々好きなものを取ってきてから、今日の予定を決める事になった。
だが昨日の狸寝入りの時に聞いた通り、今日は牧場へ行こうという話の流れになって、周辺地図の乗ったパンフレットを見ながらホテルからの道順を確認する。
どうやら、ホテルから少し行った場所にある川に架かっている吊橋を渡れば、牧場と観光展望台のある方面に出るようだ。
朝食を終えて山裾の道を歩いて行くと、いかにもな大きい吊橋が見えてきた。
「ああいうの、ふざけてすげえ揺らす奴いるよな」
「危ないからダメですよ、黒羽君」
「……やるかっての」
白馬のやつめ、俺を名指しして注意してきやがって。
お前が渡ってる時だけビッグウェーブしてやろうかとか、ちょっとは思ったけど。
でも、他にも渡ってる人がいる以上、さすがにそんな事をするわけないだろ。
「ドラマとかやと、途中で足場が外れたりするんやろな」
「そうそう、それでターゲットが落ちたり、主要人物が落ちそうになるやつだな」
この東西探偵は、二時間ドラマが好きなんだろうか。
現実ではさすがに足場が外れたりはしねーと思うけど、それでも事件ホイホイが三人も居るんだから、用心に越した事は無いと思って万が一の時の逃げ場を確認しておく。
ひとまず横に避けてロープにしがみつくか、落ちても地面より川の中の方が何とかなりそうだな。
……と考えてみたところで、さすがに本当に足場が外れるという事件は起きなかったが。
そして吊橋を渡り切った先には、斜面走行できる小型のモノレール乗り場があったんだが……すげえ並んでる。
近くに居た人の話によると、頂上にある観光展望台と中にあるカフェが、絶景を楽しみながらお洒落スイーツが楽しめる穴場だとテレビで紹介されたらしい。
「これ待っとるより、歩いて登った方が早ないか?」
「とは言いましても、けっこうな高さがありますよ」
「この高さと距離なら、行けなくはねーか? ただ登山装備はしてねーしなあ」
歩いて登る気の服部と、否定気味の白馬と、思案する工藤。ちなみに俺はどっちでもいい。
すると服部が、何か思いついたような顔つきになった。
「せや! 上まで競争や!! ビリっけつの奴が全員分の昼飯おごるんやで!!」
え、マジで?
こういう観光地のメシって結構高いから、おごられるのは普通に嬉しい。
「ぜってーおごれよ!! 負けねーからな!!」
「なんでわざわざ、登り坂で競争するんだよ」
「一応は登山ルートですし、推奨できる事ではありませんが」
「お? なんや、工藤と白馬は勝てへんからって、早々に戦線離脱か?」
煽るような言い方の服部に、工藤と白馬の負けず嫌い魂に火が付いたようで、二人の雰囲気がガラリと変わった。
「は? 大差つけてぶっちぎってやるに決まってんだろ」
「君と君の財布に、後悔の二文字を教えてあげますよ」
「ほーん? ……そんなら……スタートや!!」
「あっ! ずりーぞ!!」
「てめ、待ちやがれ!!」
「フェアじゃありませんよ!!」
勝手にスタートを切った服部を追いかける形で、俺たち三人も申し訳ない程度に舗装された山道を登っていく。
そんな俺たちの後方では、「若い男の子たちは元気で羨ましいわねえ」なんて、上品なマダムたちが和やかに話していた。
「……ひー……ひぃ……」
「はぁ……はぁ……」
「……ふー、はぁ……」
「……あかん……はぁ……もうダメや……」
いくら数々の修羅場を潜り抜けた俺たちでも、山道の登り坂の全力疾走は、さすがにキツい。
結局、途中にあった見晴らしのいい休憩所のような所まで駆け上がったのだが、最終的には雪崩れ込む形で到達したので、誰がどの順で着いたかは分からなくなってしまった。
「……はぁ……服部、オメーのせいだからな」
「……ふぅ……そうですね、ここは言い出しっぺに食事代を払ってもらいましょう」
「……ひぃ……さんせー」
「自分らかて……はぁ……ノったやないか」
言い合いながらも、なんとか呼吸を整える。
さっきのモノレール乗り場はあんなに混んでたのに、この休憩所に来るまでの道中には誰も居なかった。
まあ、けっこう急な登り場所も多かったし、カフェに行きたいだけなら、こんなキツい方の道なんて普通は選ばねーよな。
そう思いつつも顔を上げると、山道の柵の向こうには夏特有のコントラストの強い景色が広がっていた。
「……ふぅ。こっからは競争無しで行くぞ」
「せやな……さすがにキツかったわ」
「頂上に着いたら、水分を補給したいですね……」
白く大きな観光展望台が、頂上の方向にちらりと見えている。
ここからまだ少しかかりそうだが、頑張れないほどの距離でもなさそうだ。
出発しようとする探偵たちについていこうとすると、不意に視界に何かが映った。
さっき見ていた柵の向こうの景色の中に、黒い何かがいる。
人のような形で、一つ向こうにある山の中を歩いているようだ……きっと地元の人が、作業でもしているんだろう。
そう思って、視線をこちらの山に戻したのだが。
地元の人……?
人間にしては大きいような
急に背後から視線を感じた
何かに捕まれている感覚がする
少しづつ後ろに引っ張られてる
「………………は……?」
気が付いたら、真後ろに柵があった
背後からの力は、全く弱まらない
もしかして、俺、このまま崖下に落とされる
「黒羽君!!」
仰け反るように傾いたと思った次の瞬間、白馬に腕を引かれ、そのまま全身で抱きしめられた。
工藤と服部も驚いた表情で、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「どないした!! 大丈夫か!!」
「………………い、今……」
……いや、なんて説明すればいいんだ。
さっきのをそのまま話しても、そんなオカルトじみた話、きっと三人とも信じないだろう。
俺が混乱していると、工藤が状況を推測して話し始めた。
「もしかして軽度の脱水症状かなんかで、眩暈がしたのかもしれねーな。歩けるか?」
「多分、大丈夫……」
「黒羽君、無理しないで。僕が支えて行くから」
ゆっくり立ち上がり盗み見るように向こうの山を見たが、黒い何かはもう居なかった。
工藤の言うとおり、脱水症状かなんかの症状が出て、変なものが見えたり立ち眩みを起こしただけかもしれない。
少しだけ痺れが残る体を動かして、白馬に支えられながら頂上の展望台を目指す。
なんとか上まで辿り着くと、一足先に進んでいた服部が人数分のスポーツドリンクを抱えて戻ってきたので、皆で木陰のベンチで休む事にした。