*つきあってる白快、のんびりデート。モブの絡みも少しあります。
「気まぐれ猫に甘い僕」の続きに当たる話です。
最近、恋人たちの間では、相手に料理を振舞って食べてもらうのがトレンドらしい。
その話を小耳にはさんだ僕は、黒羽君の料理を食べてみたいと思った……が。
その事を黒羽君に直接話したのだが、あっさりと断られてしまったのだ。
彼曰く、「俺にお坊ちゃまの食うようなもんが作れるわけねーだろ」との事である。
僕としては「黒羽君が作ってくれた」という事実の方が重要だから、レトルト食品やインスタントラーメンでも構わないと思っていたんだが。
いっそ、黒羽君が僕の為に手配してくれたというのなら、チェーン店での外食やデリバリーでも満足できそうだ。
さすがにそこまでいったら、本末転倒かもしれないが。
そんな事を考えていた数日後、登校して教室に入ったら、なにやらいい匂いがする。
「あっ、白馬君、おはよー」
「おはようございます、青子さん。これは一体……?」
「快斗ったら、お弁当にから揚げを揚げてたみたいなんだけど、なんか作るのにハマっちゃったらしくて。気が付いたらすごい量になってたから、今は絶賛おすそ分け中なんだよ」
「そうですか、それはまた……」
「でも、快斗の作るごはん、美味しいんだよ。あんまりいい匂いだったし、青子もさっき貰っちゃった」
そう言って青子さんは、無邪気に微笑んだ。
よく見ればクラスメイトのほとんどが……紅子さんまでもが、黒羽君のから揚げを黙々と食べている。
「まじうめぇ」
「お店のから揚げみたい」
「快斗はいいお嫁さんになれるなー」
「って、なんでやねん」
クラスメイト達が感想を言ったりふざけ合ったりしている中、僕は黒羽君の手元にあるから揚げを見た。
残りの数はすでに三つほど、それも近くに居た男子生徒たちの手に渡り、あっという間に無くなってしまう。
もう少し早く登校すればよかったと後悔し、残念な気持ちのままいつも通りの平日は過ぎていった。
から揚げの一件から二日後、僕は事件の関係で警察署を訪れていた。
窓際の席を借りて資料をまとめていると、入口に見知った姿を見つける。
彼に気付かれないように一階まで降りて、ギリギリ声が聞こえる所までこっそり近づいた。
どうやら黒羽君は、女性特有の事情で来られなかった青子さんに代わり、警部に着替えとお弁当を届けに来たようだ。
寝込んでいる青子さんの代わりに黒羽君がお弁当を作ったそうだが、調子に乗って作りすぎてしまったから、警部の部下の人達にも食べてほしいと言っている。
……キッドの予告は出ていないから、さすがに何か仕込んでいるという事は無いだろう。
荷物を受け取った中森警部は、黒羽君と少し言葉を交わしたあと、上機嫌で部署へと戻っていった。
黒羽君の方も署の敷地内を出るところだったので、僕は中森警部の方へと向かい、部屋の中の様子を窺う。
警部はさっそくお重のようなお弁当箱を開けており、部下の人達もつられて集まっているようだ。
ここから見えただけでも、一つづつ丁寧にラップで包まれたおにぎり、綺麗な色の玉子焼き、アスパラのベーコン巻き、ポテトサラダ、きんぴらごぼうにタコさんウィンナーまである。
警部と部下の人達は、「うまい、うまい」と言いながら嬉しそうにお弁当を食べているが……僕はなんだか、モヤっとした。
僕が料理を作ってほしいと頼んだ時は即答で断ったのに、他の人には無償で作ってあげるなんて……。
僕たちは恋人同士なんだから、僕を優先してくれたっていいじゃないか。
……まさか、恋人だと思ってるのは僕だけで、黒羽君の方はそう思っていないんじゃ……いや、それは無いだろう。
いくら黒羽君でも、恋人と認めていない相手とキスなんてしないはずだ。この間なんて、誰も居ない教室で二回もさせてくれたのだし。
……でも、どうして料理を作る事を拒まれてしまったのだろう。
このところの様子を見る限り、料理が苦手ではないだろうし、作るのが面倒という訳でもなさそうだ。
彼の言葉通り、僕が普段から良いものばかり食べていると思われているからだろうか。
否定はしないけれど、僕だって時と場合によってはチェーン店に入ったりするし、インスタントで済ます事だってあるのだけれど。
一度モヤモヤするとそれは増幅するばかりで、なかなか気持ちが晴れてくれない……そうしているうちに日曜日になってしまった。
今日は都内から少し離れた所にある自然公園に行こうと、黒羽君と約束をしていた日だ。
その約束自体は随分前からしていたのだが、ここ最近のモヤモヤの事を思うと、素直に喜んで出かける事が出来そうにない。
しかし約束は約束と、集合時間より十五分ほど早く駅に来たのだが、黒羽君の姿はまだ見当たらなかった。
彼の事だし、時間ギリギリの可能性もあるだろうと思って、壁際に寄って待つことにしたのだが。
「あ、あの、お一人ですか?」
「お兄さん、相手いないの?」
「よかったら、ご一緒しません?」
まだ十分も経っていないのに、これだ。
駅前の待ち合わせはこうなる事が多いから、好きではない。
もちろん失礼の無いように丁重にお断りしているが、内心では心底煩わしいと思っているのも事実ではある。
そこかしこから感じる視線に辟易していると、ロータリーに一台のバスが停まり、待ち人が降りてくるのが見えた。
僕は視線に気付かないフリをして、停留所の方へと急ぎ足で向かう。
「黒羽君」
「あ、白馬。……オメー、来るの早くね?」
「七分二十四秒前ちょうどに来たところですよ」
「相変わらず細けーの」
呆れたように笑う黒羽君は、普段より大きめのリュックを背負って、動きやすそうな服装をしている。
目的地が自然公園だから、高い場所に行ったり長く歩いたりしても疲れにくいようにして来たのだろう。
「なーんだ、彼女じゃなくて友達か」
「てゆうか、あの子もけっこうイケてるよね?」
「ダブルデート誘っちゃう?」
耳に入ってきた外野の会話に不快感を覚えた僕は、黒羽君を若干急かしつつ駅の構内へと向かう。
「次の電車でも別にいいぜ?」
「あの公園の最寄り駅に向かう電車は三十分に一本だから、それなりの時間を待つ事になるよ」
「そーだっけ」
三十分に一本という話は嘘ではない。
だが、乗る予定だった車両の発車時間まで十五分以上あるから、そんなに急かす必要もない。
僕たちがいつまでも駅前に居たら、高確率で面倒事に巻き込まれるだろうから、いっそ早めにホームに入った方がいいと判断しただけだ。
ホームに入って他愛無い話をしているうちに、乗る予定の電車が来たので乗り込み、公園の最寄り駅までの足となってもらう。
ゴトンゴトンという独特の音と揺れを感じながら、変わりゆく景色を背景にして黒羽君を見つめた。
後ろの髪の一部が別の方向にぴょこんと跳ねているのは、寝癖を直しきれなかったんだろうか。可愛い。
「今更だけど、なんで自然公園なんだ?」
「今の時期は紅葉が綺麗だし、穴場のスポットだから静かに過ごせると思ってね」
「あー、オメーと出かけるとだいたい何かあるもんな」
黒羽君の言葉に思い当たる節がありすぎて、苦笑する。
先ほどの駅前の出来事のような騒がれ方などは序の口で、何かの事件に巻き込まれる時もあれば、顔見知りの警察関係者と出会って助言を求められ、デートが中断してそのまま、となる事も多々あった。
そのほとんどが僕が原因になっているから、黒羽君には本当に悪い事をしている……彼は気にしてはいない様子を見せるが、なにせポーカーフェイスが上手いから、本心は掴めていない。
でも、僕だってたまには、きちんとしたデートがしたいと思って、あえて穴場のスポットを探したのだ。
人が少ないという事は、その分なにかが起こる確率も減るというもの。
お願いだから今度こそは、まともなデートをさせてくれないか。
……そんな事を祈っていたら、公園の最寄り駅に着いたので、電車を降りて駅を出る。
目的の公園は本当に静かな場所で、大きな池を中心に小高い丘がいくつかあり、たくさんの木や花が植えられている気持ちの良い場所だ。
池の周りの遊歩道では、ジョギングやウォーキングをする人の姿もあったが、それでも人の気配はあまり無く、目まぐるしい都会の喧騒を忘れる事が出来た。
僕たちは少し高めの丘の上に登り、中央のベンチの場所まで行って正面を見ると、池の水面には見事な逆さ紅葉が映っている。
今日は風もあまり吹いていない穏やかな秋晴れだから、まさに絶好のシチュエーションだ。
黒羽君も僕と同じように思ったのだろう、ここから見える美しい景色を写真に収めている。
だけど、賑やかな事が好きな彼からしたら、いくら綺麗な場所でもいずれ退屈してしまうのではないだろうか。
そう思いながらも、公園特有の固めのベンチに腰を下ろす。
近くに大きな木が植えられているおかげで、僕たちの居る場所は心地の良い木漏れ日になっていた。
「……なあ白馬、今何時?」
「十一時十九分四十七.零六秒だね」
「じゃあ……ちょっと早いけど、これ」
黒羽君はそう言いながら、僕に布にくるまれた四角い包みを差し出した。
結び目を外して開けてみると、それはなんとお弁当箱。
蓋を開けたら、ラップに包まれたおにぎりを始め、から揚げに玉子焼き、アスパラのベーコン巻き、ポテトサラダにきんぴらごぼう、ポークピカタとサツマイモの甘煮、そしてタコさんウインナー。
「黒羽君、これは……僕に?」
「食わねーなら俺が食うけど」
「まさか。ありがたくいただくよ」
黒羽君の手作りのお弁当を食べれるなんて、思ってもいなかった。
むしろお昼時になったら、近くの通りにある飲食店のいずれかに入ろうと思っていたくらいだったのだ。
一口食べて、先日の中森警部たちの気持ちが理解できた。とても美味しい。
……ん? そういえば、このお弁当に入っているメニューは、クラスメイトや警部たちに渡していたものとほとんど同じ……。
まさか黒羽君は、今日の為にお弁当のリハーサルをしてくれていたんじゃ……!?
僕の中に、自惚れているという気持ちと、完璧主義だという彼ならやりかねないという気持ちが入り交ざる。
でも、本当に僕の為に試行錯誤してくれていたのなら、ものすごく嬉しいんだけど……。
ちらりと黒羽君の方を見ると、僕に渡したお弁当と同じ中身のものを食べている。
玉子焼きと甘煮が少し焦げているように見えるのは、おそらく失敗した分は自分の方に詰めたのだろう。
すると僕がじっと見ていた事に気づいたのか、黒羽君は少し不思議そうに僕の方を見た。
「……なんだよ」
「いえ……黒羽君は本当に可愛いなあと思って」
「はぁ!? なに言ってんだよ、いきなり」
「なに、と言われても……本心、かな?」
「……バカじゃねーの……」
「そうだね」
黒羽君は少し不貞腐れたようにして反対側を向いてしまったが、こういう所も彼の可愛い一面だ。
なんだか微笑ましい気分になりながら、素直じゃない愛情のこもったお弁当を、噛みしめるようにゆっくり味わう。
最初は、僕の食べるようなものは作れないなんて言っていたのにな。
少しづつ減っていくお弁当の中身を名残惜しく感じながらも、箸を進めるうちにやがて空っぽになってしまった。
どうやら黒羽君は食後のお茶まで用意してくれていたようで、温かいほうじ茶を貰ってホッと一息つく。
同じようにお茶を飲んでいる黒羽君は、普段より大人しいように感じた。
朝早くからお弁当を用意してくれたのだろうし、疲れているのかもしれないな。
「黒羽君、もう少しここでゆっくりしていくかい?」
「そーだな」
「……君は賑やかな場所を好むだから、いずれ退屈になってしまうんじゃないかと思っていたけれど」
「賑やかなのは好きだけどよ……そればっかじゃ、疲れちまうだろ」
「疲れているのかい?」
「少しな」
その言葉を聞いた僕は、黒羽君の肩に手を置いて、こちら側へと優しく寄せる。
「僕という席でよければ、いつでも空いてるから羽休めにおいで」
「なに言ってんだよ……恥ずかしいやつ」
口ではそう言っているが、引いていたり嫌がっているような様子は全く無い。
むしろ少し安心しているように見えるのは、僕の願望から来るものだろうか。
そうしていると、お昼を過ぎたあたりから風が出てきたようで、目の前の池に波が立ち逆さ紅葉も揺らいでしまった。
「なあ白馬」
「なんだい?」
「紅葉、綺麗だな」
「そうだね」
風の影響で舞っては落ちていく紅葉を、肩を寄せ合ったままで見ていた。
楽しいアトラクションも豪華な食事も派手な演出も、ここには無いけれど、それでもいい。
静かに時を刻む美しい景色と肩越しに感じる体温を、愛おしいと感じるだけで僕には十分すぎるほどだったから。
「気まぐれ猫に甘い僕」の続きに当たる話です。
最近、恋人たちの間では、相手に料理を振舞って食べてもらうのがトレンドらしい。
その話を小耳にはさんだ僕は、黒羽君の料理を食べてみたいと思った……が。
その事を黒羽君に直接話したのだが、あっさりと断られてしまったのだ。
彼曰く、「俺にお坊ちゃまの食うようなもんが作れるわけねーだろ」との事である。
僕としては「黒羽君が作ってくれた」という事実の方が重要だから、レトルト食品やインスタントラーメンでも構わないと思っていたんだが。
いっそ、黒羽君が僕の為に手配してくれたというのなら、チェーン店での外食やデリバリーでも満足できそうだ。
さすがにそこまでいったら、本末転倒かもしれないが。
そんな事を考えていた数日後、登校して教室に入ったら、なにやらいい匂いがする。
「あっ、白馬君、おはよー」
「おはようございます、青子さん。これは一体……?」
「快斗ったら、お弁当にから揚げを揚げてたみたいなんだけど、なんか作るのにハマっちゃったらしくて。気が付いたらすごい量になってたから、今は絶賛おすそ分け中なんだよ」
「そうですか、それはまた……」
「でも、快斗の作るごはん、美味しいんだよ。あんまりいい匂いだったし、青子もさっき貰っちゃった」
そう言って青子さんは、無邪気に微笑んだ。
よく見ればクラスメイトのほとんどが……紅子さんまでもが、黒羽君のから揚げを黙々と食べている。
「まじうめぇ」
「お店のから揚げみたい」
「快斗はいいお嫁さんになれるなー」
「って、なんでやねん」
クラスメイト達が感想を言ったりふざけ合ったりしている中、僕は黒羽君の手元にあるから揚げを見た。
残りの数はすでに三つほど、それも近くに居た男子生徒たちの手に渡り、あっという間に無くなってしまう。
もう少し早く登校すればよかったと後悔し、残念な気持ちのままいつも通りの平日は過ぎていった。
から揚げの一件から二日後、僕は事件の関係で警察署を訪れていた。
窓際の席を借りて資料をまとめていると、入口に見知った姿を見つける。
彼に気付かれないように一階まで降りて、ギリギリ声が聞こえる所までこっそり近づいた。
どうやら黒羽君は、女性特有の事情で来られなかった青子さんに代わり、警部に着替えとお弁当を届けに来たようだ。
寝込んでいる青子さんの代わりに黒羽君がお弁当を作ったそうだが、調子に乗って作りすぎてしまったから、警部の部下の人達にも食べてほしいと言っている。
……キッドの予告は出ていないから、さすがに何か仕込んでいるという事は無いだろう。
荷物を受け取った中森警部は、黒羽君と少し言葉を交わしたあと、上機嫌で部署へと戻っていった。
黒羽君の方も署の敷地内を出るところだったので、僕は中森警部の方へと向かい、部屋の中の様子を窺う。
警部はさっそくお重のようなお弁当箱を開けており、部下の人達もつられて集まっているようだ。
ここから見えただけでも、一つづつ丁寧にラップで包まれたおにぎり、綺麗な色の玉子焼き、アスパラのベーコン巻き、ポテトサラダ、きんぴらごぼうにタコさんウィンナーまである。
警部と部下の人達は、「うまい、うまい」と言いながら嬉しそうにお弁当を食べているが……僕はなんだか、モヤっとした。
僕が料理を作ってほしいと頼んだ時は即答で断ったのに、他の人には無償で作ってあげるなんて……。
僕たちは恋人同士なんだから、僕を優先してくれたっていいじゃないか。
……まさか、恋人だと思ってるのは僕だけで、黒羽君の方はそう思っていないんじゃ……いや、それは無いだろう。
いくら黒羽君でも、恋人と認めていない相手とキスなんてしないはずだ。この間なんて、誰も居ない教室で二回もさせてくれたのだし。
……でも、どうして料理を作る事を拒まれてしまったのだろう。
このところの様子を見る限り、料理が苦手ではないだろうし、作るのが面倒という訳でもなさそうだ。
彼の言葉通り、僕が普段から良いものばかり食べていると思われているからだろうか。
否定はしないけれど、僕だって時と場合によってはチェーン店に入ったりするし、インスタントで済ます事だってあるのだけれど。
一度モヤモヤするとそれは増幅するばかりで、なかなか気持ちが晴れてくれない……そうしているうちに日曜日になってしまった。
今日は都内から少し離れた所にある自然公園に行こうと、黒羽君と約束をしていた日だ。
その約束自体は随分前からしていたのだが、ここ最近のモヤモヤの事を思うと、素直に喜んで出かける事が出来そうにない。
しかし約束は約束と、集合時間より十五分ほど早く駅に来たのだが、黒羽君の姿はまだ見当たらなかった。
彼の事だし、時間ギリギリの可能性もあるだろうと思って、壁際に寄って待つことにしたのだが。
「あ、あの、お一人ですか?」
「お兄さん、相手いないの?」
「よかったら、ご一緒しません?」
まだ十分も経っていないのに、これだ。
駅前の待ち合わせはこうなる事が多いから、好きではない。
もちろん失礼の無いように丁重にお断りしているが、内心では心底煩わしいと思っているのも事実ではある。
そこかしこから感じる視線に辟易していると、ロータリーに一台のバスが停まり、待ち人が降りてくるのが見えた。
僕は視線に気付かないフリをして、停留所の方へと急ぎ足で向かう。
「黒羽君」
「あ、白馬。……オメー、来るの早くね?」
「七分二十四秒前ちょうどに来たところですよ」
「相変わらず細けーの」
呆れたように笑う黒羽君は、普段より大きめのリュックを背負って、動きやすそうな服装をしている。
目的地が自然公園だから、高い場所に行ったり長く歩いたりしても疲れにくいようにして来たのだろう。
「なーんだ、彼女じゃなくて友達か」
「てゆうか、あの子もけっこうイケてるよね?」
「ダブルデート誘っちゃう?」
耳に入ってきた外野の会話に不快感を覚えた僕は、黒羽君を若干急かしつつ駅の構内へと向かう。
「次の電車でも別にいいぜ?」
「あの公園の最寄り駅に向かう電車は三十分に一本だから、それなりの時間を待つ事になるよ」
「そーだっけ」
三十分に一本という話は嘘ではない。
だが、乗る予定だった車両の発車時間まで十五分以上あるから、そんなに急かす必要もない。
僕たちがいつまでも駅前に居たら、高確率で面倒事に巻き込まれるだろうから、いっそ早めにホームに入った方がいいと判断しただけだ。
ホームに入って他愛無い話をしているうちに、乗る予定の電車が来たので乗り込み、公園の最寄り駅までの足となってもらう。
ゴトンゴトンという独特の音と揺れを感じながら、変わりゆく景色を背景にして黒羽君を見つめた。
後ろの髪の一部が別の方向にぴょこんと跳ねているのは、寝癖を直しきれなかったんだろうか。可愛い。
「今更だけど、なんで自然公園なんだ?」
「今の時期は紅葉が綺麗だし、穴場のスポットだから静かに過ごせると思ってね」
「あー、オメーと出かけるとだいたい何かあるもんな」
黒羽君の言葉に思い当たる節がありすぎて、苦笑する。
先ほどの駅前の出来事のような騒がれ方などは序の口で、何かの事件に巻き込まれる時もあれば、顔見知りの警察関係者と出会って助言を求められ、デートが中断してそのまま、となる事も多々あった。
そのほとんどが僕が原因になっているから、黒羽君には本当に悪い事をしている……彼は気にしてはいない様子を見せるが、なにせポーカーフェイスが上手いから、本心は掴めていない。
でも、僕だってたまには、きちんとしたデートがしたいと思って、あえて穴場のスポットを探したのだ。
人が少ないという事は、その分なにかが起こる確率も減るというもの。
お願いだから今度こそは、まともなデートをさせてくれないか。
……そんな事を祈っていたら、公園の最寄り駅に着いたので、電車を降りて駅を出る。
目的の公園は本当に静かな場所で、大きな池を中心に小高い丘がいくつかあり、たくさんの木や花が植えられている気持ちの良い場所だ。
池の周りの遊歩道では、ジョギングやウォーキングをする人の姿もあったが、それでも人の気配はあまり無く、目まぐるしい都会の喧騒を忘れる事が出来た。
僕たちは少し高めの丘の上に登り、中央のベンチの場所まで行って正面を見ると、池の水面には見事な逆さ紅葉が映っている。
今日は風もあまり吹いていない穏やかな秋晴れだから、まさに絶好のシチュエーションだ。
黒羽君も僕と同じように思ったのだろう、ここから見える美しい景色を写真に収めている。
だけど、賑やかな事が好きな彼からしたら、いくら綺麗な場所でもいずれ退屈してしまうのではないだろうか。
そう思いながらも、公園特有の固めのベンチに腰を下ろす。
近くに大きな木が植えられているおかげで、僕たちの居る場所は心地の良い木漏れ日になっていた。
「……なあ白馬、今何時?」
「十一時十九分四十七.零六秒だね」
「じゃあ……ちょっと早いけど、これ」
黒羽君はそう言いながら、僕に布にくるまれた四角い包みを差し出した。
結び目を外して開けてみると、それはなんとお弁当箱。
蓋を開けたら、ラップに包まれたおにぎりを始め、から揚げに玉子焼き、アスパラのベーコン巻き、ポテトサラダにきんぴらごぼう、ポークピカタとサツマイモの甘煮、そしてタコさんウインナー。
「黒羽君、これは……僕に?」
「食わねーなら俺が食うけど」
「まさか。ありがたくいただくよ」
黒羽君の手作りのお弁当を食べれるなんて、思ってもいなかった。
むしろお昼時になったら、近くの通りにある飲食店のいずれかに入ろうと思っていたくらいだったのだ。
一口食べて、先日の中森警部たちの気持ちが理解できた。とても美味しい。
……ん? そういえば、このお弁当に入っているメニューは、クラスメイトや警部たちに渡していたものとほとんど同じ……。
まさか黒羽君は、今日の為にお弁当のリハーサルをしてくれていたんじゃ……!?
僕の中に、自惚れているという気持ちと、完璧主義だという彼ならやりかねないという気持ちが入り交ざる。
でも、本当に僕の為に試行錯誤してくれていたのなら、ものすごく嬉しいんだけど……。
ちらりと黒羽君の方を見ると、僕に渡したお弁当と同じ中身のものを食べている。
玉子焼きと甘煮が少し焦げているように見えるのは、おそらく失敗した分は自分の方に詰めたのだろう。
すると僕がじっと見ていた事に気づいたのか、黒羽君は少し不思議そうに僕の方を見た。
「……なんだよ」
「いえ……黒羽君は本当に可愛いなあと思って」
「はぁ!? なに言ってんだよ、いきなり」
「なに、と言われても……本心、かな?」
「……バカじゃねーの……」
「そうだね」
黒羽君は少し不貞腐れたようにして反対側を向いてしまったが、こういう所も彼の可愛い一面だ。
なんだか微笑ましい気分になりながら、素直じゃない愛情のこもったお弁当を、噛みしめるようにゆっくり味わう。
最初は、僕の食べるようなものは作れないなんて言っていたのにな。
少しづつ減っていくお弁当の中身を名残惜しく感じながらも、箸を進めるうちにやがて空っぽになってしまった。
どうやら黒羽君は食後のお茶まで用意してくれていたようで、温かいほうじ茶を貰ってホッと一息つく。
同じようにお茶を飲んでいる黒羽君は、普段より大人しいように感じた。
朝早くからお弁当を用意してくれたのだろうし、疲れているのかもしれないな。
「黒羽君、もう少しここでゆっくりしていくかい?」
「そーだな」
「……君は賑やかな場所を好むだから、いずれ退屈になってしまうんじゃないかと思っていたけれど」
「賑やかなのは好きだけどよ……そればっかじゃ、疲れちまうだろ」
「疲れているのかい?」
「少しな」
その言葉を聞いた僕は、黒羽君の肩に手を置いて、こちら側へと優しく寄せる。
「僕という席でよければ、いつでも空いてるから羽休めにおいで」
「なに言ってんだよ……恥ずかしいやつ」
口ではそう言っているが、引いていたり嫌がっているような様子は全く無い。
むしろ少し安心しているように見えるのは、僕の願望から来るものだろうか。
そうしていると、お昼を過ぎたあたりから風が出てきたようで、目の前の池に波が立ち逆さ紅葉も揺らいでしまった。
「なあ白馬」
「なんだい?」
「紅葉、綺麗だな」
「そうだね」
風の影響で舞っては落ちていく紅葉を、肩を寄せ合ったままで見ていた。
楽しいアトラクションも豪華な食事も派手な演出も、ここには無いけれど、それでもいい。
静かに時を刻む美しい景色と肩越しに感じる体温を、愛おしいと感じるだけで僕には十分すぎるほどだったから。