*ゆるゆる白快。暑さにやられた快斗君と世話焼きな白馬君。
僕の友人は、とても頭がいい。
しかし、連日の暑さのせいで頭がおかしくなってしまったようだ。
「秋はどこかなー、ここかなー?」
そう言いながら僕の部屋のクッションをひっくり返したり、ソファの隙間に手を突っ込んだりしているのは、先ほど拾ってきた黒羽君。
先日、日本は立秋を向かえ、暦の上では秋の気配が顔を出し始める時期となっている……しかし、同時に一年で最も暑くなりやすい頃合いでもあるのだ。
今から一時間ほど前、用事を済ませた僕は帰り道の途中で、様子のおかしい黒羽君を見つけた。
……いや、彼の様子がおかしいのはいつもの事なのだが、健常な状態ではないように見えたというべきか。
ばあやに頼んで、車を歩道側に着けてもらい窓を開けて声をかけると、黒羽君は明らかに熱をもった顔色をしており、フラフラと危なっかしい足取りのままでこちらを見ていた。
このままでは途中で倒れてしまうだろうと判断し、半ば無理矢理に車に乗せたのだが……。
てっきり嫌がるだろうと思っていたのに、予想に反して大人しく乗ってくれたし、辛いだろうから僕をクッション代わりにさせようと肩を寄せたら、抵抗することなく寄りかかってくれた。
……うん、これは重症だ。
黒羽君の家は母子家庭で母親も海外に行っている事が多いらしく、実質的には一人暮らしのようなものだと、中森さんから聞いている。
それなら、この状態の黒羽君を家に送り届けるより、具合が良くなるまで僕の家で休ませた方がいいだろう。
そう思ってそのまま僕の家へと向かい、部屋に運んでしばらく休ませていたのだが。
横になっていたはずの黒羽君は、突然ぼんやりとした顔で起き上がって先ほどの謎の奇行を始めた。
もしや、IQの高い人は暑さにやられやすい傾向でもあるのだろうか。今度調べてみるとしよう。
そんな事を考えていたら、いつの間にか背後に来ていた黒羽君が、僕の髪をわしゃわしゃといじり始める。
「ここかなー?」
「……そんな所に、秋の妖精はいないよ」
「えー? 英国帰りなら連れてきとけよー」
「君は英国をなんだと思っているんだい」
呆れ半分でそう言って彼に視線を向けると、先ほどまで横になっていたベッドへゆっくりと戻っていき、倒れるように寝転がってしまった。
そしてしばらくの間はもぞもぞとうごめいていたが、大人しくなったかと思えば、今度は猫のように丸まって小さな寝息を立て始める。
「……まったく、君という人は」
この一連の自由さはわざとなのか、それとも本当に寝ぼけているのか……ただ一つ言えることは、相変わらず僕の思考を狂わせてくるという事だけだ。
「いくら暑いからといって、さすがに不用心すぎるんじゃないかい?」
問いかけた所で、相手から答えが返ってくるわけではない。
すっかり気の抜けてしまった様子の黒羽君は、時折流れてくる冷たいクーラーの風を気もち良さそうに受けながら、幸せそうに眠っていた。
「君はまるで子猫……いや、小鳥? それとも両方かな」
どちらも似合うなと思った半面、起きて聞いていたら間違いなく怒るだろう姿も目に見える。
そもそも、同年代の男性に対して使うような表現でもないと分かってはいるのだが。
普段は油断の出来ない相手である黒羽君が、めずらしく無抵抗であるのをいい事に、ベッドに座って彼の癖のある髪を撫でた。
思っていたよりもふわふわとした髪質は、ストレートな髪質の人よりも指に絡みやすく……もしも彼が暴漢に襲われて、顔を上げさせられるような状況になったりしたら、他の人より掴みやすいだろうな……なんて、事件性の高い事を考えてしまうのは、僕が探偵だからだろうか。
しかし、これだけ僕に触れられても目を覚ましもしないなんて……これはやっぱり、相当に重症だ。
起きる気配のない友人の珍しい姿を飽きる事なく見つめていたら、日がだいぶ傾いてきている事に気付いた。
数週間前よりも早く落ちる太陽と、少しずつ薄暗くなっていく世界の風景、少し強めに吹き始めた風は木々を揺らしている……暑すぎた夏の終わりの片隅に顔を出した、小さな秋の気配だ。
「黒羽君、お探しの秋の妖精が現れましたよ」
彼の耳元でそう囁いてみるも、まだ返事はない。
しかし僕の声には反応したのか、もぞもぞとベッドの上で動き出す。
この様子なら流石にそろそろ起きるだろうと思い、ベッドから離れて自室を後にし、黒羽君の好物を用意する事にした。
彼が今日の一連の出来事を、全く覚えていないという事は無いだろう……目を覚ました友人がどんな反応をするのか、今から楽しみで仕方ない。